お侍様 小劇場

   “秘してなお…” (お侍 番外編 44)

 

隙を探ったその末にということじゃあない。
だが、あまりに無防備なまま、
その優美な姿を晒してくれるものだから。
それでつい、手が伸びてしまうだけのこと。
勝手もいいところな そんな言いよう、
例えば盗人の開き直りにも等しいと判ってはいるが、
どうしようもなく惹かれてしまうのだから、
これはもう、理性だ何だではどうしようもなく。

 「…っ。」

淡色の金の絹絲を束ねたうなじの白さや、
頬のすべらかな線へと、かすかに覗く睫毛の陰。
耳朶の清楚な収まりようと、
後れ毛がくすぐったいのか、
無意識のまま頬や首へと上げられる、
繊細な指先の遊ぶ様の、何とも艶美であることか。
柔らかな色味のカーディガンも似合いの、
するんと優しげな肩をした。
自他共に“古女房”と認める青年の、
花瓶へ生けた花の手入れか、窓辺へ向いて立っていた、
そりゃあ無防備な背中へと、
ついのこととて手が伸びていた勘兵衛で。

 「あ…。////////」

ここに居ること、判ってただろに、
警戒もないままいた相手も悪いと。
それこそ身勝手な理屈を持ち出し、
腕の中へと捕らまえた、
やさしい温みや たどたどしい身じろぎを愛おしむ。
いやなら振り払えばいいと、
そんな猶予を匂わせてのゆるい束縛。
何をもっても御主に逆らえぬ彼にしてみれば、
自ら選べだなんて猶予なぞ、
ただただ狡い仕打ちでしかないのだろうか…。




    ◇◇◇



結構な壮年層でありながら、
背中まで延ばした蓬髪を垂らしているところとか。
意外とがっつり 幅も厚みもある肩や背中、
常に沈思黙考しているような、
それでいて隙のない表情の冴えよう。
切れのいい身ごなしなどと、
毎日定時にスーツ姿で勤務先へと出社する種のサラリーマンにしては、
多少風変わりな要素がないこともないながら。
それでも…見るからに屈強だったりする野太さや、
只者じゃあないこと匂わせる、挑発の気配は微塵もなくて。
彫の深い面差しは、いかにも実直で頑迷そうな、
蓄積多く、それらが幾重にも錯綜した奥行きの深さを感じさせ。
豪胆とか豪快という印象はなく、
むしろ作法をきっちりと染ませたような、
折り目正しい立ち居振る舞いをなさる人。
ご自身もどちらかと言えば、
格式ばった諸々とは遠いところへいたがる性分をなさっているのに、
それでも格調高いノーブルさや厳かな匂い、
悪く言って“堅物”とかいう、そんな印象が拭えない。
己へ厳しい 重厚な存在感がそのまま、
当人には自覚のないところで、
奥深い人性として滲み出してしまうからかも。

 『同じ世代だったなら。』

今時には希有なほど、
他は要らぬと強さのみを追う、峻烈無垢な青年が。
鮮烈で鋭角な、
迷いも揺るぎもしない閃光のような、
それからそれから他者へはほとんど関心を向けない久蔵殿が。
その“強さ”で 唯一 今はまだ勝てぬと歯咬みをする対象。
彼にだけは常に意識をし、仄かに反発の態度を見せるのも、
それだけ技量や人格を認めておいでだからに他ならず。

 “……。”

そんなお人が自分の仕える御主であることが、
ただただ嬉しく誇らしく。
なに不自由なくいてもらいたいがため、
どんな見落としもないよう、
見つめ続けることが こそりと幸せで。

  とはいえ

そうそうご自身へとのみ見とれてばかりもいられない。
勘兵衛様が厭うので、我心は決して失わず、
さりとて滅私を基本とすること、礎として揺るがさず。
身の回りは言うに及ばず、先のご予定にも目を配り。
それでいて一つ一つへ はっと目を見張られることのないよう さりげなく。
快適に過ごしていただくことをのみ最優先に、
雑事の流れへ身をおいて、てきぱきとこなしてゆくことが心地いい。
自分のすること全てが、御主の役に立つのなら。
勘兵衛を助け、支えることであるのなら。
骨惜しみなぞ思いもつかぬと総身で感じる。
どうしても要りようなものじゃあないかもしれぬが、
それでも…心癒す彩りの一片になるのならと、
間近い春を偲ばせる、嫋やかで柔らかな色彩の花々、
気に入りの花瓶へと生け、窓辺へ据えて差し上げれば。

 「…ほぉ。」

もうそのような花が目見えておる時期かと気づかれて、
眸を留めてくださる優しさが嬉しくて。
もっと間近にご覧になるのか、
こちらへと運んでおいでだとは気づいていたが。

 「…っ。」

ああ、しまった。
またあの茶目っ気を出されたと、
気づくのはいつも、搦め捕られてから。
こちらが退くより微妙に早く、
間合いを詰めての抱きすくめてしまわれる。

 「…勘兵衛様。/////////」

そんなにも無防備だったかな。
でも、平素から緊張していてもしようがない。
此処は他でもない自宅なのだし、
ましてや相手は大切な御主なのだし。
御用を拾うための集中ならともかくも、
警戒していてどうするか。
ああ、
さして体格に差はなくなったと思っていたが、
こうされると思い違いを知らされる。
引き寄せられた長い腕は雄々しく、
掻い込まれた懐ろの深さは頼もしく。
温もりも匂いも精悍で、
このまま取り込まれてしまいたい誘惑に、
どれほどのこと戸惑い躊躇うことだろか。

 “…。”

その風貌から気難しいように見えなくもない、
ある種の威容さえまとっておられる方なのに。
頑なな頬の線をほわりとほどき、
こちらがうなじへ束ねた房髪、いともたやすく解いてしまわれ。
さして厚みがあるでもない、髪の上へと頬を寄せなさる。

 「……。」

ただただ黙って背を抱かれる。
くるみ込んでくださっているのか、それとも。
独占したいとの思し召しか。
否やと言わせぬために顔の見えない後ろにおいでか、
いやいや、もののふの気概を叩き込まれておいでの宗主様。
人を籠絡するのに、背後からかかるを善しとはすまい。
振りほどきたくば、それも構わぬということだろか。

 「…勘兵衛様。////」
 「なんだ。」

間近から立つお声の、何とも低く、そして甘いことか。

  ―― あの…。///////

何か言わねばと出た声だったが、

 「邪魔か?」

そんな言いよう、されてしまうと、
ゆるゆるかぶりを振るしかなくなる。


 “そんなとんでもないこと、思うものですか…。”


    ◇◇◇


腕ごと抱かれていての下方から、
上げて来ていた白い手が、こちらの腕へと添えられて。
だが、引きはがすような素振りは見せないところが、
勘兵衛へと なおの愛しさ 涌かせてやまぬ。
他愛のない仕草じゃあるが、
彼の側からの“求め”でもあろうに、

 “気づいてはおらぬのだろな。”

指摘をしたなら真っ赤になって、
そんなつもりはと否定しだすに違いない。
人へは嘘がつけないそのくせに、
自分にはいくらでも傷の残ろう嘘をつく。
そんな悲しいところ、いつの間に育んでしまった彼なのか。
共にゆこうとの道行きへ、片棒かついでくれぬのが、
何とも歯痒く焦れったい。
こちらが足らぬとの不満なら、何とでも言いくるめてしまうもの、
向こうが足らぬと恐縮されての、ごめんなさいと後込みされては、
無理強いも無体もあったものじゃあない。
非情も選べるこの身へ そんな気弱を招くほど、
大きな存在、なのに捕まえるのは難しく。

 「…。」

練り絹の絖沢思わせる、白磁のような肌の白、
透かすは散らされ乱れた金絲。
鼻先埋めたうなじに匂う、甘い香りは 髪のか彼のか。
真っ向からと抱きすくめれば、
それもまた含羞みから、
あからさまにお顔を逸らされるから。
そんな態を見せられては、青二才でなくとも ちくりと来るもの。
それへの恐れか、つまりは自身への緩衝に、
いつでも逃げていいのだと、こんな抱き方するのが増えた。

 “ああだが、それは…。”

器量が狭いが故に拾う、情けない痛みには違いないのかも。
倭の鬼神が聞いて呆れる。
そうと思っての苦笑が洩れて、
精悍な口許、かすかに歪んだ。

言われなくとも務めは果たすし、
鬼にも負けぬ非情も決裁
(くだ)そう。
だから、


  風のぬるむ春になるまで
  水のぬるむ春になるまで

  陽が目映い春になるまで

  どうかどうか 此処にいて。
  どうかどうか こうしてて。


頑是ない子供のようと、
呆れていいから 此処にいて。
笑っていいから こうしてて……。




  〜Fine〜 09.03.06.


  *バックが好きな勘兵衛様です。(黙れ)
   今年は暖冬のあおりで花の便りも早いと聞きますが、
   ウチのご近所では猫のにぎわいも早まってまして。
   でも、猫キュウにはまだ早い話題だし〜vv

   ……冗談はともかく。

   やっぱりこういうスタンスになってしまうお二人なようで。
   どうしたらシチさんの心が絆せるのでしょうね。
   物凄い極端な話、勘兵衛様に何かあってからじゃあ遅いんだぞ?
   誰か言ってやって、言ってやってよ、もうっ。

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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